在仙ライター生きていく日記

「きれいごと」と言われても。

そんなもんだ

9月24日、雨上がりに響く虫の音が心地よい仙台です。

 

普段は小さな世界で生きていますが、

今日は大きな社交の場に参加してきました。

学生時代から今に至るまで、ありとあらゆる場面で

親身に寄り添ってくださる「恩人」と呼ぶべき方に、

結婚式・披露宴に招いていただいたのです。

 

祝いの席に出慣れておらず、交友関係の狭い私は

場に馴染むまで時間を要しましたが、

次第にそんなことはどうでも良くなりました。

 

お二人の魅力的なお人柄を鏡のように映し出す、

明るく、温かく、誠実で、心遣いに満ちた時間に、

「幸せ」という、ありふれているにも程がある

2文字が胸にじんわりと染み渡ります。

 

今日、私は紛れもなく幸せでした。

 

 

幸せではあったのですが、

なんだかんだで疲れてもいたのでしょう。

少々、余計なことを考えていたようです。

帰路について現実に返ると、裏番組だったはずの

後ろ向き思考はチャンネルの覇権を握っていました。

必死に消そうとしますが、リモコンの感度は鈍く、

ぬるぬると落ち込んでいきます。

 

このまま病んでしまうのか?

と危惧していたところ、今日、

ある方の何気ない一言を思い出して、

奪われていた思考のチャンネル権を取り戻しました。

 

 

「そんなもんだ」

 

 

今日初めてお会いした、

私が一方的にリスペクトしてきた方と

ご挨拶をしていた時のことです。

げんなりするほど薄っぺらい語句で

リスペクトしている旨を伝えた後、

今度は話の流れで自分を卑下する一言を

ポロッとこぼしてしまいました。

いつも通りの、良くない流れです。

 

その時、相手の方はすかさず、

お茶をすする「ちびまる子ちゃん」の表情で

「そんなもんだ」をくれたのでした。

 

 

いくら自分を良く見せようとしても、

他人の評価はコントロールできないし、

ましてや弱いふりをして同情を買おうだなんて。

何と不毛なことで消耗してきたのかなと思います。

 

他の人と比べても、世の中の尺度に照らしても、

少々足掻くくらいで人生の価値は上下しません。

初対面の方からすれば

「そんなもんだ」としか言いようがないように、

自分から見た人生もまた「そんなもんだ」です。

 

感動を十分に言語化できていませんが、

次にお会いすることがあったら

色紙に一筆お願いしたいくらいの、

本日のベスト金言でした。

 

その辺りもひっくるめて、

今日は良い日だったと思います。

 

そんなもんだ。