在仙ライター生きていく日記

「きれいごと」と言われても。

思考停止の先へ

8月18日、雨上がりの仙台です。

 

朝から県南の角田市に用事がありました。

車で片道1時間ほどですが、

高校野球のラジオ中継に聴き入りながら

運転していたので、

往復ともにあっという間でした。

 

 

 

このところ、

自分の行いを反省する機会が多く、

特に過去、心身の調子を崩すたびに

自分が取りがちな言動によって、

たくさんの方々を傷つけてきたことを

今更ながらに痛感しています。

 

自分のコントロールをできないばかりに、

周囲の優しさや救いの手をことごとく

裏切り、時には相手の心までも

壊してきたのです。

 

背景には、先天的な特性や

生育過程の愛着障害も関係しそうですが、

30年以上生きてきた言い訳としては

苦しいので、大人として自分を律する

手立てを考えなければと思います。

ノートにあれこれと書き出しては、

過ちを繰り返してきた因果関係や

再発防止のために実践できることを

ぐるぐると考えているのですが、

考えすぎなのか自律神経の方が不調です。

 

「こうすればいいのではないか」と

正解らしきものを考え出すたびに、

そうできなかった過去を悔やみます。

ただ、

ここで思考停止を起こしては進歩がないので、

今回は何とか「その先」へ行きたいのです。

 

まずは午後の取材を頑張ります。

1ヶ月過ぎていました

8月17日、うろこ雲の後に

雨が降ってきた仙台です。

気圧配置のせいか、

今日は心身の調子が優れず、

自分いたわりモードで過ごしました。

明日からは仕事も忙しくなるので、

回復が間に合うことを願います。

 

さて、

この日記を書き始めたのは、

先月14日の昼下がり、

仙台市中心部の大通りの角にある

庶民的なカフェでした。

 

以来、毎日何かしら書き続けて、

いつの間にか1ヶ月が経っていました。

皆さま、お付き合いを頂き、

本当にありがとうございます。

 

わずかひと月前のことなのですが、

最初の記事を読み返しても、

もはや何のために始めたのか

明確な理由を思い出せません。

 

少なくとも、

「セルフブランディングは無理」と

宣言しているので、

生業である物書き業に

何らかのメリットを期待していた、

というわけでは無さそうです。

他の記事を読み返しても、

個人的な日記の域を出るものは皆無で、

仮にも物書きなのだから

もっと上手くやれよ!と自分に

ツッコミを入れたくもなります。

 

それでも、三日坊主の宮城県代表を

自負する私からすると、

1ヶ月もの間書き続けられたというのは

奇跡と言っても良いレベルでした。

続けられているということは、

今の自分にとって欠けていたピースを

ひとつ埋められた、

ということだと思っています。

 

仕事としては「誰かのために」を

意識して文章を書いていますが、

この「生きていく日記」は文字通り、

私自身が生きていくために、

私が「書く時間」を必要とする限りは

書き続けていくつもりです。

 

個人的で拙い内容にも関わらず、

たくさんの方にお読み頂き、

応援していただけているのは

まさに望外の喜びでした。

悩み多き日々を生きる上で、

確かな励みになっています。

 

重ねて御礼申し上げます。

そして、

明日からもまた、

どうぞよろしくお願いします。

悲劇のBルート

8月16日、雨に降られて

蒸し暑さの増した気がする仙台です。

 

昼過ぎ、仙台市中心部では急に

雨脚が強まりました。

私は出先から移動するところでしたが、

間の悪いことに傘を持っていません。

 

とりあえず屋根のある場所に行こうと、

アーケード街に小走りで向かっていたその時、

濡れた石畳風の歩道で左足がツルン!

と勢いよく滑りました。

スニーカーの底がすり減っていたようです。

 

万事休す、と思いきや、

そこは人間の本能が働いて、どうにか

何事もなく踏みとどまりました。

 

やれやれ。めでたしめでたし。

しかし……

無事にたどり着いたアーケード街を歩きながら、

私は妙なことを思い始めるのです。

 

「もしあのまま転んでいたら、それはそれで?」

 

本能で回避し、実際には起こらずに済んだ

悲劇の「Bルート」も見てみたかったな、などと。

 

[以下、都合の良い「Bルート」]

大の大人が派手に転倒するので、

「すってんころりん」どころではない

大きな音を伴っていたでしょう。

繁華街の一角なので、嫌でも注目を集めます。

人望の無さを差し引いても、

さすがに誰かは助けてくれるはずです。

惨めな姿の自分に心を折られていた私は、

人の優しさ、温かさに感動しながら

「ありがとうございます」を絞り出し、

「また頑張ろう!」と起き上がるのでした……。

 

……いやいや。

とんでもない恥ずかしさに耐えかねて

何事もなかったようにイソイソと立ち去り、

後で自己嫌悪に苦しむだけでしょうに。

絶対に痛いですし。

 

今回のBルートは我ながら「何考えてんだ」の

レベルが度を越していましたが、

「もしあの時こうなっていれば」という "if" に

やたらと考えを巡らせる時というのは

(イフの内容はどうあれ)

精神衛生がよろしくないのだと思います。

今回は重症かもしれません。

 

転ばずに済んだ現実に感謝しながら、

メンタルの正常化を待ちたいと思います。

あの日も汽車は走っていた

8月15日、時折雨の降る仙台です。

お盆休みは今日で終わりという方が

多いのでしょうか。明日からは

少しずつ日常に戻るのですね。

夏も終わりに近づいています。

 

終戦の日です。

私と言えば、今日も今日とて

仕事の種まきも思うに任せず、

捗ったのは家の買い物と

少々の読書だけでした。

 

今日読んでいたのは、

中央公論』元編集長で紀行作家、

故・宮脇俊三さんの『時刻表昭和史』です。

激動の時代を当時の時刻表、

著者の体験とともに紐解く作品には、

昭和20年8月15日についても綴られています。


※私は以下の文庫で読みました。

www.chikumashobo.co.jp

 

当時、新潟県村上に疎開していた著者は、

父の仕事に付いて汽車で山形県大石田へ行き、

新潟県に戻る途中でした。

そして長井線米坂線の乗換駅、今泉で

正午を迎えます。

駅前広場に置かれたラジオで

地元の人達とともに玉音放送を聞いたそうです。

 

ほどなくして、駅員が米坂線の汽車の到着を告げ、

著者らを乗せて定刻通りに発車しました。

著者は車窓を流れる美しい山河を見ているうちに、

止まっていた時が動き出したと綴っています。

 

汽車は、確かに時を刻み続けていたのでした。

 

www.kadokawa.co.jp

 

先日の豪雨で、JR米坂線は鉄橋が損壊するなどの

甚大な被害がありました。

地方路線の存廃に関する議論が高まる最中の被災で、

今後が大いに危ぶまれています。

 

米坂線をはじめ、

災害によって列車の途絶えた各地のレール。

止まった時が再び動き出す日が来ることを

祈るばかりです。

福島でも一関でもなく

8月14日、昼過ぎから涼しい風も

吹き始め、虫の声もする仙台です。

さすがに秋の気配、でしょうか。

 

お盆休みの日曜日、11時35分。

あてもなく家を出た私は、

帰省客でごった返す仙台駅にいました。

どうも心身の調子がすぐれず、

仕事のほうも相変わらず「谷間」なので、

半ばヤケでどこかの街へ行くつもりでした。

 

全くアテは無く、

ただ何となく、それこそ混雑している

東北新幹線に飛び乗って、

福島か岩手の一関(駅名は一ノ関)でも

行って帰ってこようか、と。

 

11時45分、ちょうど同じ時刻に

東京行きと盛岡行きの「やまびこ」が

仙台駅を出発します。

さて、南へ行くか北へ行くか、

券売機の列に並び始めた時、

私の心は決まりました。

 

「どっちでもないな」と。

 

本当にアテが無い上に、

行ったら行ったで

帰ってこなければなりません。

やまびこだけに、ではなく当然。

この時の精神状態で出かけたら、

きっと降りた先の街で自己嫌悪に

陥っていたでしょう。

そして痩せたお財布を嘆くのです。

 

私は気が滅入ると遠くの街に

逃避したくなる癖があり、

これまでも仙台駅の改札を

突破したり直前でやめたりを

繰り返してきました。

 

今回は何とか券売機の手前で

冷静になることができたのですが、

さて、福島でも一関でもなければ

どこでどうこの元気のない自分の

ご機嫌をとるかが問題です。

 

映画館へ、もしくは美術館へ、

いやしかし…と突如思いついたのは、

「整体に行く」ことでした。

 

全身のこりと自律神経の不安定さに

長年悩まされているのですが、

色々と思うところあって

今回が初挑戦。

とりあえず駅近くの施術院を予約し、

身体を委ねてきました。

 

お財布の観点で言えば

新幹線代とどっこいどっこいですが、

納得できる使いみちができたので

ヨシとしましょう…。

 

電車の旅は、

もうちょっと調子の良い時に。

ド正論

8月13日、台風からの熱気なのか、

湿気を帯びた暑さの仙台です。

東海や関東甲信

そして北東北で大雨が続いています。

この夏は気性が荒いようです…。

 

今日は地元の住宅街での

地域活動の日でした。

屋外の設えはしたものの、

猛暑によりすぐ撤収。

今後の活動の方向性を

話し合いました。

 

地元の活動ということで、

要らない思い入れが

肩に力を入れてしまうようです。

自分なりに一生懸命動き、

意見を出して前に進めようと

すればその分だけ、

余計なことを言ってしまいます。

元々活動している方に

不愉快な思いをさせるのです。

 

考えてみれば、

どこの組織でもそうでした。

一生懸命になると視野が狭くなり、

発言する時に

(悪い意味での)「正論」を

主張するような形になって、

リーダー格の方(上司など)の

反感を買ってしまいます。

 

「正論の暴力」を

振るってしまう自分に、

うんざりしました。

 

自分では、もう嫌なのです。

自分の言っていることが

間違っているか正しいかなんて

どうでも良く、とにかく

「正論」を振りかざすような真似は

もう二度としたくありません。

 

人を不愉快にするのは言うまでもなく、

私は大切な人を追い詰めて、

取り返しがつかないところへと

追いやってしまっています。

 

なのに今日も言われるのです。

「ド正論ですよ」と。

枯れるな三十路

8月12日、引き続きもわもわとした

空気に覆われた仙台です。

 

駅前の広い歩行者用デッキに囲まれた、

他の緑地から遠く離れた植え込みで

ツクツクボウシが鳴いていました。

どうしてここにたどり着いたのか…

彼を見つけてくれる方(蝉)は

現れるのか気がかりでした。

 

蝉の心配をしている場合ではないですね。

お盆休みで仕事も途切れ、

他の人と接する機会が減っています。

そんな中でも、今日は久しぶりに

地元の友人と会い、生真面目に

感染対策を取りながら旧交を温めました。

 

「誰か(新しい人)と会わないと、

 枯れていくばかりだよねー」

と、私は友人に言いましたが、

友人は立派な勤め人なので、

意識せずとも外界の刺激はあり、

同意を求めたのは「お門違い」

だったかもしれません。

 

そう簡単に枯れたくはないですが、

最近は新しい仕事の開拓を

疎かにしていたこともあり、

自分の殻に籠りがちでした。

 

三十路に差し掛かったとは言え、

枯れるには早すぎますね。

 

できるところから少しずつ、

自分の幅を広げていきたい

とは思いつつ、

本音ベースで語らえる

旧知の仲というのは

良いものだなと、

再認識もしております。